タイトル東

『人呼んで麻雀白虎隊
 隊長神崎東―っ!!』

コミックス1

恐らくもう何処にも売っていないであろう
大変珍しいコミックスです。
しかし、余り価値はありません。



ようこそ此処へ

ここは管理人による作品解説のページです。
しかし作品の内容の解説ではありません。
今現在の管理人のこの作品に対する感想を
ただ単にだらだらと書いてあるだけです。
もし漫画の内容を知りたいと思った人は、
お手数ですが古本屋を捜してみて下さい。


それでは張り切ってどうぞ。




麻雀白虎隊東について

by 管理人



1.思い出の詰まった名前


『麻雀白虎隊東』は僕の漫画家としてのつたない歴史において、
どうあがいても外す事のできない作品です。
と言うのも僕はこの漫画で雑誌にデビューしたわけですし、
はじめてのコミックスもこの作品ですし、
更に色々と思い出が詰まった名前なのです。

しかし、この作品は実は僕のオリジナルではありません。
原作というか脚本が用意されていて数人の作家によるネームの競作の結果、
僕が作画する事に成った漫画です。
もう原稿を書いてからは10年以上経つので覚えていない事もありますが、
せっかくホームページを作るからにはその頃の事を少し書こうと思います。




2.この作品が生まれた経過


僕が最初に作品を持ち込んだ先は確か高校3年の3学期の始業式の日、
友人と2人で学校をサボって夜行列車で上京して行った小学館でした。
その後いくつかの出版社を回った後、講談社の新人賞に応募しました。
その新人賞で選外佳作なるモノを頂いた事がこの『麻雀白虎隊東』で、
デビューするキッカケとなりました。

講談社の新人賞に入選すると今は知りませんが授賞式なるものがあり、
交通費ホテル代込みで新人作家達が集められます。
僕も2度、まだ大阪に住んでいた頃によばれましたが、
一度目はただ担当編集さんを囲んで雑談をして帰りました。
そして、2度目の授賞式の後担当のK林さんに声を描けられました。
「君、麻雀知ってる?」
「ええ、ルールぐらいなら知ってますが……」
その当時僕は弟に教えられて何とかルールを覚えた程度でした。
「そうか、知っているなら問題ない。明日打ち合わせするから」。

次の日の打ち合わせは3時でした。
ホテルを出た後、池袋で時間を潰してようやく約束の時間になり、
僕は護国寺にある会社に向かいました。
編集部で待っていた担当さんは20枚程の紙の束を手渡して
「これを、読んでごらん。僕が考えた脚本だ」。
その紙の束の1枚目にはこう書いていました
『麻雀白虎隊東(仮題)〜第1話〜』
これが僕とこの漫画の出合いでした。



3.初めてもらった脚本


『麻雀白虎隊東』の脚本はかなり完成度の高いものでした。
主人公神崎東を含め第1話に出て来る主な登場人物の紹介から、
各シーンにおける舞台設定からセリフまで決まっていました。
とりあえず一通り目を通した頃担当さんは言いました。
「それじゃ、この脚本を元に50ページのネームを考えておいで」
どうやらこちらが断るなんて事は考えていない口調でした。

大阪に帰ってから僕はもう一度脚本を読み直し、
ネームを作る作業に入りました。
しかし、これは想像以上に困難な作業でした。
当時の僕は人に見せる為のネームなど書いた事が無く、
しかも脚本をもらって書くのも初めてだったので、
ネームの第一稿が出来上がるのに1ヶ月くらいかかった気がします。
何とか完成したネームを編集部へ郵送すると、
4、5日して編集さんから電話がありました。
受話器越しに編集さんはまずひとこと言いました。
「全然ダメ。やり直し。」



4.なかなか決まらないネーム


最初のネームが完全なボツになった為
もう一度初めから書き直す事になりました。
具体的に何処がダメと言われたのか今では覚えていませんが、
とにかく全体的に訴えて来る迫力が感じられない、
と言った事を言われたような気がします。
そこで僕は見せ場となるコマはなるべく大きくして、
人物の顔のアップを多用する様に直しました。
当然の様にページ数は増えて56ページになってしまいました。

そうして書き直したネームを再び郵送して返事を待ちましたが、
どうした事かなかなか電話がかかって来ません。
そこで1週間程してからこちらから電話してみました。
すると担当さんが今は打ち合わせ中なので後から電話するとの事、
しかしそれから1時間電話を待ってもかかって来ません。
時刻は夜の12時近く、再び我慢できなくなって電話すると、
「よお、今こっちからかけようと思っていたんだ」
「じゃあ打ち合わせするから、コピーは持ってる?」
という感じでいきなり打ち合わせになりました。

それから夜中に延々と1時間以上ネームの直しがありました。
途中電話代が気になったり、寒くて手が震えたりしましたが、
何とか打ち合わせは終わりました。
そうして再びネームを直したものを送りました。
すると今度は2、3日で電話がかかって来て、
「うん、今度は大分良くなった。最後の直しをするから出て来なさい」
という担当さんの言葉に僕は上京しました。



5.ようやく決まったデビュー


今度も交通費を出してくれるとの事で上京すると、
編集部で担当さんがネームのコピーを持って待ち構えていました。
「さぁ、これがネームの完成型だ。よく読みなさい」
そこには僕が何度も直したネームをコピーしたものを
切り張りして作ったと思われるネームがありました。
その所々に走り書きのような細かい指示が書いてました。
その細かいネームへの執着に恐れ入ったものです。

ネームを見ている僕に担当さんは言いました。
「この漫画は読み切りで本誌に載るから、下書き頑張りなさい」
ということで僕はその完成型のネームを持って帰り、
57ページに増えたこの漫画の作画に入りました。
当時はもちろんアシスタントはいませんから、
人物を書く以外の作業もすべて一人でしなければなりません。
枠線を引くのも、背景を書くのも、小物を書くのも自分ですし、
ベタを塗るのも、ホワイトするのも、消しゴムかけるのも、
スクリーントーンを張って削るのもぜ〜んぶ自分一人だったので
恐ろしく時間がかかりました。
たっぷり2ヶ月以上かかって原稿は完成しました。

原稿を持って上京すると担当さんによるチェックがありました。
ザァーと通して見た後1コマ1コマ丹念に見て行きます。
そしてあるページで担当さんの手が止まりました。
「このページ直した方がいいね、道具は持って来ている?」
と言われて編集部で書き直す事になりました。
徹夜で丸まる1枚書き直す作業を終えた後、
次の日の朝方仮眠室で眠ることにしました。
翌日担当さんに直したページを見せると
「もっとこのトーンを削った方がいい」
との事でさらに修正が加わりました。
スクリーントーンを削っていると後ろから声がかかりました
「この漫画ゴールデンウイークの特大号に載るから」
それまではいつ雑誌に掲載されるか解らなかったので、
この時初めて自分が雑誌にデビューする事があきらかになったのでした。



6.その後の展開


ゴールデンウイーク特大号は1冊家に送られて来ました。
表紙は確か『COCO』だったような記憶があります。
雑誌の中を見ると確かに自分の書いた漫画が載っていました。
しかし原稿と雑誌に載ったモノとの間にどうもギャップが感じられて、
あまりデビューしたという実感は湧いて来ませんでした。
後でアンケートの順位を聞くと『COCO』の特集グラビアよりひとつ下、
と言われました。

こうして『麻雀白虎隊東』が本に載った後、
何度かこちらからオリジナルのネームを送ったのですが、
芳しい返事はありませんでした。
かと言って『麻雀白虎隊東』の続きの話も無く、
しばらくはする事も無く僕はビルの清掃のバイトや、
本屋さんのバイトをして生活しました。
そうしているうちに季節は流れ翌年の春になった頃に
「アシスタントの口があるから東京に出て来なさい」
という編集さんからの電話がありました。

東京に出て来た僕は池袋の隣の椎名町に下宿を借りて生活しました。
この時に担当の編集者がK林さんからS木さんに替わりました。
S木さんは映画が大好きでエンターテイメントな作品がお気に入りでした。
おかげで『麻雀白虎隊東』は更に荒唐無稽な展開を見せるわけですが……。
この頃の僕は週に3〜4日のアシスタントをしながらネームを書いて、
出来上がったら担当さんと打ち合わせをする。
こういう生活を3ヶ月程続けました。
しかしアシスタントというのは不規則な生活なうえに結構気を使うモノでして、
週に3泊4日の仕事をした後は身体も精神もクタクタになってしまい、
とてもネームに集中する事ができません。
そこで僕はアシスタント先に頼んで仕事を辞めさせてもらい、
1ヶ月ネームを書く事に集中しました。
その結果『麻雀白虎隊東』の2話目のネームが完成しました。

その後『麻雀白虎隊東』はマガジンスペシャルに不定期で掲載されました。
基本的には毎回読み切りの形式をとっています。
1話目は原作付きでしたが2話目以降は話も考えて作りました。
この『麻雀白虎隊東』がそれなりに人に読まれた事が、
後に別の雑誌で麻雀漫画を書くキッカケとなりましたが、
それは『麻雀鬼ウキョウ』のページをお読み下さい。



7.未完のまま終了


『麻雀白虎隊東』を3回書いた後で担当さんから、
「コミックスが出るから、カラーのイラストを1枚書きなさい」
と言われて慣れないカラーの絵を書きました。
それが表紙となって『麻雀白虎隊東』1巻が発売されました。
その後4話、5、6話と書いてみると又してもコミックスが出ました。
この頃の僕は風呂無しの下宿住まいでしたが、
それなりに貧乏漫画家ライフを楽しんでいました。
そんなある日担当さんから編集部に呼ばれました。

「この漫画、そろそろいいだろう。終わろうよ」
次回の打ち合わせかと思っていた僕に担当さんは言いました。
しばし呆然としていた僕に担当さんは続けました。
「これ以上この漫画を続けても先は長く無いよ。それより新しい連載を考えよう」
ということでこの『麻雀白虎隊東』は未完のまま終了する事となりました。
万が一この漫画を2巻まで読んでいて続きを読みたいと思っている人がいるとしたら、
申し訳ありませんがこの続きは書いていません。
その代わりと言っては何ですがこの『麻雀白虎隊東』のテイストは
その後の僕の作品の中に少なからず含まれると思っています。



解説のあとがき


この『麻雀白虎隊東』を書いていた頃、
僕は漫画家仲間を集めてパーティーを何回か開きました。
そのパーティの名前を『麻雀白虎隊』と名付けました。
最初は14、5人でしたが回を重ねるうちに人数が増えて、
最大は80人以上に膨らんでしまいました。
その時のメンバーには今ではすっかり売れっ子作家となった人や、
今では何処に行ったか解らない人などがいます。
ごくたまに当時の仲間と昔話になった時に、
「また、パーティーを開きませんか?」
と言われますが今のところはまったく未定です。

こんな事もあって『麻雀白虎隊東』は僕にとって忘れがたき作品です。
しかしその細かな内容を今ではほとんど覚えていません。
というのも僕は常に新しいモノを追い求める為に、
過去はできるだけ振り替えらない様にしているからです。
今でも原稿を完成させて担当さんに渡したらそれが雑誌に載っても、
コミックスになっても読み返したりしません。

けれどせっかくホームページを開くことにしたので、
過去に決着をつける意味で作品の解説を書く事にしました。
解説と言っておきながら作品の内容には触れていませんが、
それは読んでくれた読者の一人一人が感じる事であって、
作品は発表された時点ですでに作者のモノではなくなっている、
と僕は考えるので皆さんで好きな様に解釈して下さい。
というわけでこれにて解説を終わります。
ここまで読んでくれた皆さん、

どうも有難うございました。




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