『剣師』―刃上の渡世人―

この漫画はいろんな意味で管理人にとっては初体験となった作品です。
まず掲載されたのが『近代麻雀』という麻雀専門の青年誌ということ、
そして本格的に原作をシナリオライターさんに任せたということです。
そのために良い面と良く無い面を経験しました。そのことは今後の作品
作りに生かしたいと思っています。興味のある方は読んで下さい。
1、メールでの仕事依頼
2002年4月。管理人は『屋台シェフ里一郎』を描き終えたところで
次回作の構想を練っていた。しかし、A社の担当編集者からは何時まで
たっても連絡が来なかった。そんな折りT社の編集者と名乗るT野さん
から「HPを見ました。仕事を依頼したいのですが……」と言うメール
が届いたのだ。管理人は「まさかもう麻雀漫画を描く事は無いだろう」
と思っていたので、麻雀専門誌の編集さんから連絡が来るとは、しかも
MMHを見たと言う事を聞いて、とまどいながらもT野さんと会う約束
をした。これが『剣師』が生まれたキッカケである。
しかし、その約束をした直後にA社の編集さんから連絡があり、今後の
展開について打ち合わせをする事となった。さらに余談だがその頃別の
方面からも「一緒に仕事をしませんか?」と言う話があり、4月のある
週に3日続けて違う仕事先と打ち合わせをした事があった。この3つの
打ち合わせを受けたことから管理人の生活は実に忙しいものとなった。
T野さんと打ち合わせした時に驚いたのは、まだ初対面で管理人がどの
程度のネームが描けるのかわからないはずなのに、既に連載をする事を
前提で話が進められていた事である。まずは読み切り作品を描いてみて
読者の反応を見るのかと考えていたのだが、出版社が違えば編集方針も
違うというものだろうか?しかも、T野さんは管理人の名前は出してい
ないMMHを見て、わざわざメールを出してくれたのである。とにかく
麻雀漫画は描かないと思っていた管理人だがT野さんの熱意に打たれて
仕事を引き受けることにしたのである。
『剣師』の初期のプロット&キャラ表です。
(各ページをクリックすれば絵が大きくなります)
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2、原作と原案協力
T社の編集者T野さんと打ち合わせをする際に管理人は考えがあった。
3つの打ち合わせをした事から『剣師』(まだタイトルは未定だった)
に関しては自分で話を考えるのは不可能だろうから出来れば原作付きで
出来ないだろうか、と言うものだった。するとT野さんは2枚の用紙を
取り出し管理人に見せた。それは『剣師』に関するキャラクター設定と
大まかな粗筋が書かれていた。そこで、管理人はその設定に従って絵を
描き、粗筋に従いネームを描いた。だが次の打ち合わせでは元の原作を
書いた人物とは違う人が新たに原案協力という形で加わる事になった。
その原案協力のシナリオライターさんの考えたプロットと言うものは、
元の原作とは根本的に異なるものだった。原作に従うべきかプロットに
合わせるべきかハッキリしていないと言うのにT野さんは「雑誌の掲載
が決まりました。1ヶ月後です」と言い出した。この時点で、『剣師』
は実に数奇な運命を辿る事となったのである。
元の原作の『剣師』では、麻雀以外は何のとりえも無い主人公周防響が
イカサマ麻雀の達人牧田妙見に負けた事をキッカケに妙見に弟子入りし
やがて妙見を打負かす打手に成長していく、という人情ものっぽい物語
だったのだが、シナリオライターさんの考えた『剣師』では牧田妙見は
イカサマ師では無く麻雀牌が透けて見える特殊な能力の持主で、周防は
その能力の秘密を解く事に必死になると言う、半ばミステリーみたいな
ストーリーだった。このプロットを見た時に管理人は「これは麻雀漫画
では無く、ミステリー漫画だ」と思ったが、編集のT野さんはプロット
の方を指示したので、『剣師』はその後シナリオライターさんの原作に
従いストーリーが進んで行く事になった。
麻雀のアイディアを考えるのに疲れた管理人はプロットに従いネームを
描き直すことにして数回の修正の末、第1話目のネームが出来上った。
しかし、さらに困難な事に第1話は巻頭8ページがカラー原稿だと言う
事でとても間に合わない。そこで、掲載を1ヶ月遅れさせてもらう事に
して原稿に入るなった。とは言うもののカラー原稿はデータ入稿なので
管理人にとっては困難な状況は変わらなかった。ちょうどボディビルの
コンテストに出場するために調整に入っていたが、そのコンテスト当日
朝まで仕事し、終わったその日の夜も仕事をしてようやくカラー原稿は
完成して〆切りに間に合った。調整が全く出来なくてコンテストは予選
落ちしてしまったが、原稿は落ちずに済んだのである。
苦労して塗った1話目のカラーページです。
(各ページをクリックすれば大きい絵が見れます)
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3、様々な変更点
かなり行き当たりばったりで始まった『剣師』ではあったが、とにかく
月に2回の掲載でしばらくは続く事になった。そして6回目で一区切り
ついたところで、その後は月1回での掲載で12回、合計18回の話を
描いたが、連載当初とは描いているうちに変更された点が色々とある。
まずはコミックス1巻で『おまけ漫画』として描いたが、主人公周防の
顔が最初とは大きく違っているのだ。これは描いてるうちに顔が自然と
変わっていったというものでは無く、あきらかに顔を変えたのである。
理由は担当さんから「もっと主人公の顔をスッキリさせて下さい、髭を
薄くするとか……」と言うリクエストがあったので思い切って髭を消し
さらに髪型も変えてみたのである。結果は確かに顔はスッキリとしたが
以前に描いた漫画の主人公の顔ににてしまった事は否めない。
そもそも担当のT野さんは映画の『ハスラー2』の様に若いハスラーが
ベテランのハスラーを慕いながらもやがて対決して行く、という展開を
望んでいたそうだ。周防がトム・クルーズ、妙見がポール・ニューマン
と言う事だ。しかし、実際に『剣師』の連載が始まり話が進んで行くに
従って周防と妙見の関係は、師弟と言うより一方的に周防が妙見を追う
関係になって行った。そもそも妙見が強いのは、麻雀牌が見えるからで
あって麻雀が強い訳では無いのだ。そして負けてばかりいる印象の強い
周防だが、意外にも妙見との対戦の他は負けた事が無いのである。普通
に麻雀やっている分には結構強いのだ。これじゃ確かに妙見は師匠には
なれない訳である。
『剣師』は基本的にはシナリオライターさんに原作を任せてはいたが、
管理人自身がプロットを読んで「この部分はあまり必要無い」と考えて
変更した部分は多い。これは、もともと月2回24ページづつなら合計
48ページに入る内容を月1回30ページに詰め込まなければならなく
なった事が大きい。ムダな部分はどんどんカットしなければ30ページ
には納まらないのだ。例えば『広島編』に出て来るヤクザの代打清水は
原案では最後に親分と和解するところまで描かれていたが、その部分は
カットした。2巻の『大阪編』に出て来る超能力少女理那の話は、原案
ではもっと詳しい説明があったがほとんどをカットした。アイディアを
考えてくれるシナリオライターさんには申し訳なかったが、ページ数に
制限がある以上仕方が無かったのである。
最後の『京都編』では原案とは大きく変わった部分がある。と言うより
この回の途中で「残り3回」という事が決まったので、変えざるを得な
かったのだが、何とか形に納まったのは奇跡としか言い様が無い。まず
最終回まで以外と活躍した閏間は、当初は妙見の復讐により殺される役
であった。そして妙見を刺し殺した矢作は、15話に1度出て来るだけ
の完全な捨てキャラであった。だが、逆にこの矢作を先に出しておいた
おかげで周防と閏間が生き残り妙見は命を落とす、と言う決着がついた
のはなんとも皮肉なものである。
その他にも変更した点は多い。と言っても読者は雑誌に載った部分しか
わからないのだが、描いている側にとっては最初と設定が変わると後で
辻褄を合わせるのに苦労するものだ。特に妙見の能力については最終回
の最後になんとか説明をこじ付けたが「麻雀牌が見える」と言うふうに
最初に描いてしまっているので、どう解釈すれば納得出来るかを考える
のに苦労した。そして、周防に関しては『絶対雀感』と言う言葉だけが
先に浮かんだ様な技を使う事により無敵の強さになる訳だが、この技は
一体どう言う技なのか最後になっても説明はされていない……。
主人公周防響の顔の変遷です(笑)。
(やはりクリックすれば大きい絵が見れます)
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4、儲からない仕事
多少下世話な話ではあるが、管理人は『剣師』の仕事を引き受ける際に
担当のT野さんとは原稿料の話をしっかりしたつもりであった。しかし
その支払い時期については良く確かめなかった。これが失敗であった。
実はT社の原稿料の支払いは、雑誌に作品が掲載されてから3ヶ月後と
いう規定があったのだが、それを管理人は確かめなかったのだ。これは
かなり管理人の経済状況を苦しめた。つまり最初の1〜6話分の原稿料
は作画作業中は支払われない事になっているのだ。作画の仕事をすると
当然アシスタントさんに仕事代と交通費を支払い、食費も出さなければ
ならないのでどんどんお金は出て行く。管理人の貯金はすぐに無くなり
奥様の貯金も底を付き、定期貯金まで崩して皆にお金を払う事になった
のである。しかし、これはまだほんの序の口の苦労であった。
6話目まで描いたところで『剣師』は一段落ついた。仕事をしなければ
出費も無いので一息つけたのつかの間、1ヶ月後の再開時には月1回の
30ページとページ数が大幅な減少となったのだ。今までは一月に合計
48ページだったのが30ページになったと言う事は、18ページ分の
原稿料が入らなくなるのである。アシスタントをなるべく呼ばずに作画
を自分独りで出来るだけ描けば人件費はかからない。しかし、管理人は
A社のネームを平行して描いていたので『剣師』の作画にあまり時間を
かけたく無かった。結果としてアシスタントを大量に雇い短期間で作画
作業を終わらすスタイルを続けてた。そのため、毎月の出費は増え続け
収入を上回ると言う、描けば描く程赤字になる状態になったのである。
管理人は担当のT野さんに再三に渡り原稿料の前払いを要求した。だが
年が空けてもその要求は受け入れてもらえなかった。やがて本当に生活
が苦しくなって来たので管理人は「もし次回原稿料が早く入らなければ
原稿を描けない」と直訴した。すると、T野さんは自腹を切ってお金を
用意して来たのである。そのお金で何とか窮地を乗り切る事が出来たが
その借りたお金を返す事が出来たのは『剣師』の連載が終了したおかげ
だと言うのは全くもって皮肉な事この上ない話だ。
儲からない話はまだ終わらない。コミックスが出ると普通作家にはその
10%が印税として支払われるものだが『剣師』の場合は原作者がいる
ので10%の印税は丸々作家に入る訳では無い。原作の人とある割合で
分けるのである。発行部数が少ないにも関わらず印税も少ないのだから
手に入る額は雀の涙程である。とにかく『剣師』を描いている間は毎回
毎回アシスタントの人件費との闘いであった。作画のレベルを落とす事
だけはプライドが許さなかったので、この闘いは連載終了まで続く事に
なった。しかし良く考えてみれば最初から作画のレベルを下げておけば
それ程苦労はしなかったのかも知れない。
もう一人の主人公牧田妙見。
(やはりクリックすれば大きい絵が見れます)
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5、反省と言うか弁解と言うか
とにかく『剣師』は約1年間の連載を続けた後、この7月に無事連載を
終える事が出来た。その結果色々と勉強をする事が出来たと思う。まず
やはり原作付きの仕事と言うものは、今一つ充実感が無いと言う事だ。
つまり、最初のプロットを考えると言うもっとも大変な作業を原作者に
してもらうと仕事が楽な反面、苦労してでも自分でものを創り上げる、
という喜びは味わえないと言う事である。もっとも、これは悪い面だけ
では無くいい面もあるだろう。例えばある小説を読んで感動し、それを
原作に漫画を描きたいと思う人もいるだろう。その際には原作付きでも
充実した仕事が出来るかも知れない。
さらに今回の仕事で得たものとしては、物語を限られたページに納める
能力がついた事だろう。連載当初は月2回だったので、担当さんからは
「出来るだけ大きなコマ割りで描いて下さい」とのんきな事を言われた
ものだが、月1回になると今度は「読み切り感を出したいのでなるべく
1話でまとめて下さい」と言って来た。原作者さんからは毎回、大量の
内容が書かれたプロットが送られて来る。そのプロットから必要な部分
だけを取り出し、しかもメインのページは大ゴマを使い、最後に読切り
作品らしく物語をまとめる、という作業を1年程続けたのである。イヤ
でもネームをまとめる能力が身に付くはずである。もっとも、その力と
人気漫画を描く能力は別物である事は明白ではあるが……。
連載が終わった後で担当のT野さんに聞いた話では、T野さんは管理人
には麻雀コメディー漫画を描かせたかったのだが、編集長からの命令で
今回の元の原作を漫画にする事になったそうである。そのため『剣師』
は元の原作とはまったく別物である。ひょっとしたら元の原作を管理人
とは違う別の作家が漫画にしたらヒットしたかも知れないが、T野さん
の言うところでは、シナリオライターさんのプロットも良くて管理人の
作画もイメージ通りで作品の出来は予想通りだったそうだ。問題はその
出来が悪く無いはずのモノが売れなかった事ではあるが、皆でベストの
仕事をした結果であるので仕方ないとしか言い様が無い。
最後になりますが、『剣師』は様々な要素が重なって管理人が描く事に
なった作品です。すでに麻雀漫画を2作品描いて、もう自分では麻雀の
アイディアは出ないと思っていたところへ原作付きという形で麻雀漫画
の仕事の依頼が来るのですから、本当に管理人は麻雀に縁があるのかも
知れません。この作品を描くに当って管理人に声をかけてくれたT社の
担当編集者のT野さん、毎回奇抜なアイディアを提供してくれた原作の
シナリオライターAさん、過酷は労働条件のもと作画のお手伝いをして
くれたアシスタントの皆さんに感謝してこの『剣師』に関するコラムを
締めくくりたいと思います。もちろん読んでくれた読者の方々にも深く
お礼を申し上げます。コミックスを買って頂けたならなお嬉しいです。
今まで描いた『剣師』のイラストです。
(やはりクリックすれば大きい絵が見れます)
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最後まで見てくれた皆様有り難うございました。
管理人は現在新作の打ち合わせをしていますが、
こちらの方も時期をみて随時発表して行きます。